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岡山地方裁判所 平成2年(ワ)327号 判決 1992年4月15日

岡山県倉敷市玉島中央町一丁目九番七号

原告

三善秀清

右訴訟代理人弁護士

石田正也

東京都千代田区霞が関一丁目一の一

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

見越正秋

斉藤俊英

毛利甫

森脇基紀

大橋勝美

矢野聡明

西村章

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、金五万円及びこれに対する平成二年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、税務署職員による税務調査を受けた原告が、右税務調査は原告のプライバシーを無視した職権濫用の違法な調査であり、右調査によって私生活の平穏を著しく害され多大の精神的苦痛を被ったとして、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

原告は、有限会社三善理美容院(以下「三善理美容院」という。)の代表取締役であり、三善理美容院には、本店の外支店として倉敷市玉島に中潟店が、大阪市淀川区に新大阪店がある。

平成二年二月二一日午前一〇時過ぎ頃、玉島税務署法人税源泉所得税部門大蔵事務官岡田博和(以下「岡田係官」という。)及び同村上隆紀(以下「村上係官」という。)が、事前通知なく倉敷市玉島一三六七番地所在の三善理美容院中潟店(以下「中潟店」という。)を訪れ、身分証明書を原告に示したうえで、税務調査を行い、同日午後五時過ぎ頃、中潟店を退去した。

二  争点

1  本件税務調査が、法人税法一五三条に基づく税務調査の際に権限ある税務職員に認められた質問検査権を逸脱した違法な行為か否か。

2  原告の主張

本件税務調査は、その調査目的自体曖昧であり、客観的必要性に欠ける。

また、税務調査にあたっては、当該職員は納税者である被調査員に対する具体的配慮をしたうえで質問検査をすべきところ、岡田係官らは、事前の通知もなく、いきなり中潟店に現われ、原告が調査を拒否していたにもかかわらず、身分証明書を掲げ、全面的な開示義務を示唆してレジスターその他を開けるよう迫り、強制的調査を行って原告のプライバシーを侵害したもので、質問検査権の行使の際に納税者の私的利益との衡量との関係で要求されている社会的妥当性に欠ける調査である。また同係官は、原告の種類の内容を筆記したのに、原告からの筆記内容の開示を守秘義務を理由に拒否したことも違法である。

3  被告の主張

質問検査権の行使に際しては、実定法上特段の定めのない実施細目については、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられており、実施の日時、場所等の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知等も質問検査をするうえの法律上の要件とされていない。本件調査は、法人税調査のためであり、現金商売であるため現金管理の信憑性の確認の必要から事前通知をせずに実施したもので、その方法も担当係官の要望により原告が提示した書類等を原告の了解を得て検査したのであるから、質問検査の範囲、方法等は合理的であって、裁量権の濫用、逸脱はない。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実及び証拠(甲六の1ないし4、七の1、乙1、検甲一の1ないし7、二ないし四、証人岡田博和、原告本人)によれば、以下の事実が認められ、証人岡田博和の証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用しない。

1  原告は、昭和四二年二月三善理美容院の代表取締役に就任し、昭和五〇年六月には大阪市淀川区に新大阪店を、昭和五三年一一月には倉敷市玉島に中潟店を開店した。三善理美容院は、原告の父が代表取締役であった昭和四一年秋に税務署による税務調査がなされ重加算税賦課処分を受け、青色申告書の提出が認められなくなったが、昭和四六年夏頃の税務調査以後青色申告書の提出が承認され、その後も事前通知なく税務調査が行われたことはあったものの、別段トラブルも生じなかった。

2  玉島税務署法人税源泉所得税部門の岡田係官及び村上係官は、部内資料検討の結果、三善理美容院が他の同業者と比較して従業員一人当たりの収入金額が少なく、同理美容院の中核である中潟店が他の店舗(本店及び新大阪店)と比較して従業員一人当たりの売上高も低いと判断し、新大阪店の実態確認をする必要もあったことから、昭和六一年度ないし同六三年度の事業年度の法人税調査のため、三善理美容院を税務調査することとした。中潟店は、営業専用店舗で、三善理美容院の営業の中核店であるが、原告が玉島税務署に提出している確定申告書によれば、昭和六三年度については中潟店の従業員一人当たりの売上高は、各店舗を通じて最低額となっていた。

3  岡田係官ちは、三善理美容院が現金商売で、現金管理の信憑性を確認する必要があったことから、事前通知せずに、平成二年二月二一日午前一〇時過ぎ頃、中潟店を訪れ、同店内のレジスター付近で、原告に対し身分証明書を提示し身分を明かしたうえで、現金管理の実情を確認したい旨来意を告げた。岡田係官は原告から現金出納帳等の書類は中潟店にはなく、現金管理はレジスターで行っている旨説明を受けた(なお同理美容院の現金出納帳は数か月に一度まとめて原告の家族がつけることになっており、日頃の現金管理はレジスターのみで行っていた。)ので、調査時現在における実際の現金有高と計算上の現金有高が一致するかどうか確認するため、原告に対しレジテープの提示とレジスター内の現金有高の確認を求めた。原告は、レジテープを岡田係官に提示するとともにレジスター内の現金を自ら計算し現金有高を告げたが、当日朝のレジスター内の現金有高が不明であったため、実際の現金有高と計算上の現金有高は一致しなかった。岡田係官は、右確認作業中、右レジスターが置いてある机の引き出し内に、預金通帳が何冊か見えたので、原告に対し通帳の提示を求め、原告の了解下に数通の通帳を調査した。

4  岡田係官は、右レジスターが置いてある机の引き出し内に、三善理美容院関係の他の書類があると考え、「一寸見せてください」旨言って引き出し内に手を入れるような仕種をしたところ、原告は同係官の右仕種に驚き、咄嗟に「引き出しの中は生活の臭いのするところだから見せられない。」と拒否した。岡田係官が、再度三善理美容院の店舗内であり関係書類が置いてあると考えられるので見せて欲しい旨申し入れると、原告は、調べたいものを言ってくれれば必要なものは出す旨応えたが、岡田係官は、「会社がどのような帳簿を作成しているか確認したいし、会社があなたから借り入れている運転資金の出所も確認したい。必要があればあなた個人の所得税の申告内容を確認させてもらうこともある。」旨説明し、個人のものか会社のものかは見せてもらえば確認できるので店舗内にあるものは提示して欲しい旨再度申し入れたが、原告は右申し入れに対し自分にはプライバシーはないのか等強く反発した。その後同様のやりとりがあった後、原告は、かなり感情的になり興奮した状態で、自ら右机の引き出し内のものやその他の鞄、書類等を店舗内の理用室待合室に運び込み、「そんなに見たければ、勝手に見ろ。」と言いながら、応接ソファーの上に並べた。岡田係官が原告に対しレジテープの提示を求めてから、原告が右応接ソファー上に書類等を並べるまでは、約一〇分程度であった。

5  岡田係官らは、右ソファー上に並べられた預金通帳、領収書、原告の手帳、同業者名簿、名刺等を適宜原告に確認を取りながら調査し、各種口座番号等調査上必要な事項については、控えていった。右書類の中には、三善理美容院とは関係のない書類も含まれていたが、原告は、同係官らの質問に対しては特に説明を拒否するようなことはなかった。

6  同日午後二時頃、岡田係官らは必要な調査を終え、ソファー上に並べられている右書類を片付けてほしい旨伝えると、原告は、同係官らが調査し控えた書面をコピーさせてほしい旨申し入れたが、同係官らは、右書面は公文書であり、守秘義務の観点からこれを拒否したが、原告は納得せず、しばらく同様のやりとりが断続的に続いた。その間、同係官が新大阪店の営業内容を質問調査した際に、原告が本件調査の理由を訪ねると、同係官は、中潟店の従業員一人当たりの収入金額が少ない旨説明し、原告は中潟店の実質的な従業員数等その理由を説明した。

7  その後、同日午後三時半頃、原告は同係官らの本件税務調査に抗議するため玉島税務署長に架電したが、署長が不在だったため、原告は同係官らに署長からの電話を午後五時まで待つので帰らないよう要請した。同係官らは午後五時まで待ったが、電話がなかったことから、翌日午前中に再度訪問するので、通年度三期分にわたっての帳簿書類等を揃えておくよう申し入れ、中潟店を辞去した。翌朝再度同係官らが、中潟店を来訪したが、原告は信頼関係が損なわれた以上調査には協力できないとの理由で税務調査を拒否し、翌二月二三日にも別の係官が中潟店を来訪し調査協力を依頼したが、原告は右同様の理由で右調査を拒否した。

二  そこで、本件税務調査の適法性につき、検討する。

前記認定事実によれば、本件税務調査は、原告が代表取締役である三善理美容院の昭和六一年度から昭和六三年度の事業年度における法人税に関する税務調査であるが、玉島税務署の内部資料上三善理美容院が他の同業者と比較して従業員一人当たりの収入金額が少なく、右理美容院の中核を占める中潟店の昭和六三年度の従業員一人当たりの売上高が確定申告書上他の店舗と比較して最低額となっており、また新大阪店の実情を把握する必要もあったことからすると、法人税調査の必要性があったと認められること、三善理美容院が現金商売であるため、現金管理の信憑性を確認する必要から事前通知なくして本件税務調査が実施されたものであること、原告は岡田係官らが来訪した当初は税務調査に協力的であったが、同係官らがレジスター下の引き出し内を原告の同意を得ないまま見ようとしたことが原告の非協力的態度のきっかけになっていること、その後も原告は書類等の特定を前提に提示には応じるという態度であったが、中潟店は営業専用店舗であり右店舗内の書類は三善理美容院関係の書類である可能性が高く、同係官らが引き出し内の書類全ての提示を求めたこと自体は不適当とはいえないこと、引き出し内の書類等の提示をめぐって論争になったのは一〇分程度であり、感情的になっていたとはいえ原告は引き出し内の書類等を自ら提示し、引き出し内の書類等に関する同係官らの質問には拒否することなく答えていることからすれば、本件税務調査が原告の意思に反して行われたとは認められないこと、その他同係官らは調査の途中で原告の要求に応じ調査目的を開示していること、本件調査翌日の同係官らの調査に対しては原告は明確に協力を拒否していること等の事実を併せ考えると、本件税務調査における質問検査権の行使の範囲、方法、程度についても、社会通念上相当な限度を越えた違法があるということはできない。なお原告は、同係官らが控えた内容を原告に開示しなかったことをもって違法であると主張するが、同係官に右内容を原告に開示する義務は認められないから、右主張は理由がない。

三  してみると、本件税務調査における質問検査権の行使は適法であり、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 將積良子 裁判官 遠藤邦彦 裁判官安原清蔵は転補のため、署名押印はできない。裁判長裁判官 將積良子)

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